三重水素
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概要
自然界に最も多く存在する、
質量数が1(
原子核が
陽子1つ)の「普通」の
水素は
軽水素(
1H)、
質量数が2(
原子核が
陽子1つと
中性子1つ)の水素は
重水素(
2H)、
質量数が3(
原子核が
陽子1つと
中性子2つ)の水素は
三重水素(トリチウム)(
3H)、
と呼ばれる(「
水素の同位体」も参照)。
もともとは 重水素(2H)と三重水素(3H)とを併せて重水素と呼ばれていた。[要出典]
三重水素は、その
質量が軽水素や二重水素の約1.5~3倍と比較的大きく異なることから、物理的性質も大きく異なることが多い。一方、化学的性質は
最外殻電子の数(水素の場合は1)によって決まる要素が大きいため、三重水素の化学的性質は軽水素や重水素とほぼ同じであることが多い(「
同位体効果」も参照)。
三重水素は、地球環境においては、酸素と結びついたトリチウム水(HTO
[2])として
水に混在しており
[3]、水圏中に気相、液相、固相の形態で広く拡散分布している。大気中においては、トリチウム水蒸気(HTO)、トリチウム水素(HT)および炭化トリチウム(CH
3T)の3つの化学形で、それぞれ水蒸気、水素、炭化水素と混在している。なお、海水中の三重水素濃度は通常、数 Bq/Lより少ない
[4][5]。
三重水素は宇宙線と大気との反応により地球全体で年間約72 PBq(7.2京
ベクレル[6])ほど天然に生成される
[7]。加えて、過去の
核実験により環境中に大量に放出され
[8]未だに残っている三重水素(フォールアウトトリチウム)、原子力発電所または核燃料再処理施設などの原子炉関連施設から大気圏や海洋へ計画放出された三重水素(施設起源トリチウム)
[9]が地球上で観測される三重水素の主たる起源である
[10]。
高純度の液体トリチウムは、
核融合反応のD-T反応を起こす上で必須の燃料であり、
水素爆弾(きれいな水爆)の原料の一つとしても利用される
[11]。
体内では均等分布で、生物的半減期が短く、エネルギーも低いことから三重水素は最も毒性の少ない放射性核種の1つと考えられ
[12]、生物影響の面からは従来比較的軽視されてきた
[13]。しかし一方で、三重水素を大量に取扱う製造の技術者ではあるものの、内部被曝による致死例が2例報告されている
[14]。三重水素の生物圏に与える影響については、
環境放射能安全研究年次計画において研究課題として取り上げられたことなどもあり、長期の研究実績に基づいた報告書が公表されている
[15]。
物理的特徴
三重水素は弱い
β線 (18.6 keV) を放射しながら
β崩壊を起こし
ヘリウム3 (
3He) へと変わるベータ放射体 (beta-emitter) で、
半減期は12.32年である
[16]。
電子は、5.7 keV の平均運動エネルギーを持ち、残りのエネルギーは反電子
ニュートリノによって奪われる。三重水素から発する低いエネルギーの
β線は人間の皮膚を貫通できず外部被曝の危険性がほとんどないため、その酸化物であるトリチウム水 (HTO) は放射性夜光塗料の材料などに用いられている
[17][18]。また、この低いエネルギーであるがゆえに、三重水素の標識化合物は、
液体シンチレーション計測法でないと検知することができない
[19]。
熱核反応(核融合反応)の燃料として
二重水素 (D) と三重水素 (T) の
核融合反応である熱核反応(D-T反応)は、二重水素同士の熱核反応(D-D反応)に比べて反応に必要な温度・圧力条件が低い。
そのため、1952年の
アイビー作戦にて
エニウェトク環礁の一つの小島を消滅させた
水素爆弾(きれいな水爆)の原理の中では、D-D反応を起こすための中間の起爆反応として用いられた
[20]。現在では、三重水素は、
ITERをはじめとする
核融合実験炉においては
核燃料として研究されている。
トリチウムの生成
三重水素(トリチウム)は原子炉においては、炉内の重水 (HDO) の二重水素 (D) が
中性子捕獲することでトリチウム水 (HTO) の形で生成される。
ほかには、
ウラン235 (
235U) 或いは
プルトニウム239 (
239Pu) が中性子と反応した時に起こる三体核分裂によっても生じる。また、
制御棒に使用されるホウ素同位体
10B が、高速中性子を捕獲することでも生じる。
生成量は原子炉ごとに異なるとされるが、一年間の運転で加圧水型軽水炉内には約200兆ベクレル (2 × 10
14 Bq)、沸騰水型軽水炉では約20兆ベクレル (2 × 10
13 Bq) が蓄積する
[21]。しかしながら、トリチウム水(HTO)は、化学的性質が水(H
2O, HHO)とほぼ同一であるため、化学的には水とトリチウム水を分離することはできない
[22]。ただし物理的な
同位体効果を利用した分離技術は確立されており
[23]、トリチウム含有水の
蒸留や
電気分解、
同位体交換法など、いくつか分離方法が存在する
[24]。しかしそれでも大量かつ極めて低濃度の水からトリチウム水だけ、分離してまとまった量を回収することはコスト的に非常に困難である
[25][26]。
トリチウム水からトリチウムを単離するのは上述のとおり極めて難しいため、高い純度のトリチウムを得るにあたっては回収しやすい形で人工的に生成する必要がある。比較的良く知られたトリチウムの生成方法としては、
原子炉内で
リチウム Li に
中性子を当て(
中性子捕獲させ)、トリチウムとヘリウム4(
4He)に分裂させた上で得るという方法がある
[27]。しかし、リチウムはイオン化傾向が高く、少量の水と接触するだけで激しく反応するなどの性質があり危険であるため、水との反応性はなくすがリチウムのトリチウムにはなる性質は残す合金を作るといった研究が行われており、東工大でリチウムと鉛の合金が適しているといった研究結果が出されている。また、この合金だと鉛に当たった中性子は2倍に増えるため、通常より多くのトリチウムが生産されることも期待されている。
ただし、この方法の場合、十分な量のトリチウムを生成するためには中性子がその分相当量必要となり、やはりトリチウムの価格がデューテリウム(
二重水素)に比べて高くなる
[28]。
自然界での生成
宇宙線の
中性子または
陽子が大気中の
窒素または
酸素と核反応し、地表面積あたり毎秒0.2[個/cm
2⋅sec] 程度の割合で三重水素が生成している。地球の表面積を 5.1×10
14[m
2]とすると、トリチウムの年間生成量は約72[PBq](P=10
15)となる
[29]。放射性崩壊と天然生成量が平衡にあるとき、その同位対比は地表に存在する水素原子の 10
−18 に相当し、これを1 TU (Tritium Unit) と定めている。
規制基準
発電用原子力施設で発生する液体状の放射性廃棄物については、放射能の時間による減衰、多量の水による希釈などの方法で排水中の放射性物質の濃度を規制基準を超えないように低減させた上で排出することとなっている
[30]。トリチウム水については、周辺監視区域外の水中の濃度が60[Bq/cm
3](=6×10
4[Bq/L]) を超えてはならないと定められている
[31]。
高度情報科学技術研究機構(もと原子力データセンター)によると、トリチウムには海産生物による濃縮効果がないと考えられている
[32][33]。そのため、他の核種の100倍を越える量
[32]が海洋に放出されている。
2001年には、英国
ブリストル海峡での二枚貝やカレイの体内に、高濃度のトリチウムがあるとの論文
[34]が発表されているが、海水の濾過が不十分であると、トリチウム水以外のトリチウムが加算され、生物濃縮が過小評価されうること等、トリチウム及び濃縮率の測定問題等が指摘されている
[35]。
英国食品基準庁の指針に従い、1997年より10年間、毎年調査をし続けた結果では海水が5〜50Bq/Lであったのに対し、ヒラメは4,000〜50,000Bq/kg、二枚貝イガイは2,000〜40,000Bq/kgの濃縮が認められ、濃縮率の平均値はそれぞれ3,000倍と2,300倍であった
[35]。 一方で、トリチウム水で育てた海藻を二枚貝イガイへ与えた実験では、投与量に比例してトリチウムが蓄積し続けることが確認されている
[36]。
液体状の低レベル放射性廃棄物の海洋放出の安全性については、主に再処理施設に関してだが、次の答申
がある。
一般的な原子力発電所では年間約1.0〜2.0×10
12[Bq](1〜2兆ベクレル)ほどトリチウム水を海洋に放出している(表参照)
[37]。
実用発電用原子炉施設からの年度別トリチウム水放出量(単位:[Bq])
施設名 |
2007年 |
2008年 |
2009年 |
2010年 |
東京電力(株)福島第一原子力発電所 |
1.4×1012 |
1.6×1012 |
2.0×1012 |
- |
東京電力(株)福島第二原子力発電所 |
7.3×1011 |
5.0×1011 |
9.8×1011 |
1.6×1012 |
出典:平成23年版(平成22年実績)原子力施設運転管理年報 p.602 |
脚注
- ^ T という記号は三重水素という水素の同位体に対して特別に割り当てられた記号である。通常、元素の同位体の記号は元素と共通であり、左肩に質量数を付与して同位体であることを示すのが一般的である。このようにある元素の同位体に対して特別な記号が与えられているものとしては、他には二重水素 (D) がある。
- ^ 水分子は水素原子2個と酸素原子1個からなることから、その化学式は良く知られているように、
- H2O
である。これを全原子を明示する形に冗長に書けば、
- HHO
となる。地球上に存在する大半の水素と酸素の質量数はそれぞれ1と16であるので、質量数を明示する形でさらに冗長に書けば、
- 1H1H16O
となる。ところで、トリチウム水とは水分子の一つ(または二つのこともあるかもしれないが今は考えない)の水素 1H が3倍の重さの三重水素 3H に置き換わったものであった。したがって、トリチウム水であれば水分子の式は、
- 1H3H16O
と書ける。さらに、三重水素 3H には特別な略記号 T が与えられていた。すなわち、3H は単純に T に置き換えて良い。したがって、
- 1HT16O
と書ける。ここで最後に、左肩の質量数の添字を省略すれば、トリチウム水を表す水分子の式は、
- HTO
となることがわかる。
- ^ トリチウム水 HTO は、天然存在濃度では、軽水( H2O)と性質や反応にほとんど違いがなく、水の理想的なトレーサーとしての利用がある。宇宙線の作用による生成速度を一定とみなせば、放射性壊変による消失速度が一定であるので、地球における天然の三重水素総量は古今とも一定値となる。 大気循環しているトリチウム水濃度はおおまかに地球上で動植物も含め一定値と考え、水中濃度の低下量から大気循環からはずれた期間を知る地下水の年代測定が可能である。土木、農業分野での地下水流動の実証的な調査に役立てられている。
- ^ 日本国内で測定された最高値は、原発事故を起こした福島第一原発の港湾内2・3号機取水口間にて2014年5月12日に採取した海水から1900 Bq/L検出されている。放射能濃度、5カ所で最高値=福島第1港湾内外の海水—東電 2014 年 5 月 16 日 20:30 JST 更新 ウォールストリートジャーナル
他の原発の例では、1991年2月9日に美浜原発の放射能漏れ事故の際に、福井県美浜沖の海水で1991年2月18日に測定された490 Bq/Lであった。また、東海再処理施設の排水の影響により、茨城県東海沖で1990年1月1日に190 Bq/Lの三重水素が海水から検出されている。
- ^ 日本国内の環境中における三重水素濃度は、文部科学省の委託で日本分析センターが環境放射線データベースを公開している。世界の環境水中の三重水素濃度は、国際原子力機関(IAEA)がGNIPデータベース(Global Network for Isotopes in Precipitation)として公開している。また、放射線医学総合研究所のGNIPデータベース用の測定データも環境中のトリチウム測定調査データベースNETS DBで利用申し込みにより無料で検索できる。
- ^ 1[PBq](1ペタベクレル)=1015[Bq](1千兆ベクレル)
- ^ 宇田(2009)
- ^ 核兵器(分裂と融合)の大気圏内核実験により環境中の濃度は、それ以前の天然存在量の200倍程度へと急増したが、環境中への放出量の減少により漸減している。百島則幸:トリチウムの環境動態 富山大学水素同位体科学研究センター研究報告
- ^ なお、再処理施設からの放出実績及び基準については、表2 再処理施設からの放射性気体廃棄物の年間放出実績(1977年度〜1996年度)及び表3 東海再処理施設保安規定に定める処理済廃液の放出基準および1年間の最大放出量(ATOMICA:再処理施設からの放射性廃棄物の処理内図表)参照
- ^ 宮本 (2008)
- ^ 武谷(1957) p.194
- ^ 松岡 (1995) p. 9, 10
- ^ 須山 (1981)
- ^ 詳細は、松岡 (1995) p. 9, 10参照。なお、その事例の報告を受けICRPの安全基準は改訂されている。同書より。
- ^ 放医研(1978)、放医研(1986)、放医研(1999)
- ^ 井上 (1989), 理科年表
- ^ 松岡 (1995) pp. 13–14
- ^ またトリチウム水は、分子生物学の実験などにおける、放射性同位元素標識にも利用される。
- ^ 一般環境中の濃度は 1〜3 Bq/L 程度と低いため、特別にバックグラウンドノイズを軽減した液体シンチレーションカウンターが必須である。なお、かつてはガスカウンターが用いられた。百島則幸:トリチウムの環境動態 富山大学水素同位体科学研究センター研究報告
別な方法としては、崩壊で生じる 3He を質量分析装置で計測する方法もあるが、数ヶ月の期間が必要である。トリチウム 原子力資料情報室 (CNIC)
- ^ 原水爆実験 (1957) pp. 194–197
- ^ トリチウム 原子力資料情報室 (CNIC)
- ^ 一般的な溶媒である水そのものであるため、化学反応により溶媒に不溶性の化合物を作り沈殿させ、それをろ過するという手法などが使えない。
- ^ 水素は同位体の質量比がすべての元素の中で最も大きく、同位体分離が一番容易であると言われる。資料(2014) p.29
- ^ 資料(2014) pp.29-38、磯村 (1981)
- ^ 現在もっとも多くのトリチウムを生成している施設は原子炉の一種であるCANDU炉である。CANDU炉では重水を冷却と減速材に使用するため、重水中の重水素が中性子を吸収することにより生じる。トリチウムの回収はCANDU炉使用の上で重大な問題であり、回収されたトリチウムは科学的、あるいはその他の目的に使用されるが、一部は環境中に放出される。実際、カナダのブルース原子力発電所や韓国の月城原子力発電所周辺では環境中トリチウム濃度の増加が観測されている。
- ^ 膨大な汚染水から低濃度のトリチウムを分離するのは溶媒が水であるがために難しく、原子力施設から環境中に放出されたトリチウムは2015年現在の技術では除染できない核種である。
- ^ 原水爆実験 (1957) pp. 194–195。ほか、工藤 (1985) に詳しい。
- ^ 本来、原子炉内で核分裂に寄与しない中性子は、燃料棒などに含まれるウラン238をプルトニウム239に核変換させるために利用させるため、この方法ではプルトニウムを作る代わりにトリチウムを作るということになり、プルトニウム価格に応じて高くなる。武谷著作集3 pp. 281–285
- ^ 宇田(2009)
- ^ 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則九十条六・七、規制基準資料 p.2
- ^ 試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、線量限度等を定める告示別表第1(ただし、核種の表記として『3H』とするべきところ、『3H』という表記になっている。)、規制基準資料 p.3
- ^ a b 環境・安全専門部会報告書(環境放射能分科会) 第3節 軽水型原子力発電所からの放出実績及び被ばく評価 5
- ^ “トリチウムの環境中での挙動”. 原子力百科事典ATOMICA. 2017年6月11日閲覧。
- ^ McCubbin
D et al (2001). "Incorporation of organic tritium (3H) by marine
organisms and sediment in the severn estuary/Bristol channel (UK)." Mar
Pollut Bull. 2001 Oct;42(10):852-63. PMID11693639
- ^ a b Enhancement
of tritium concentrations on uptake by marine biota: experience from UK
coastal waters,Hunt GJ1, Bailey TA, Jenkinson SB, Leonard KS.,J Radiol
Prot. 2010 Mar;30(1):73-83. doi: 10.1088/0952-4746/30/1/N01. Epub 2010
Mar 10. [1] (PDF)
- ^ Jaeschke et
al. (2013). “Bioaccumulation of tritiated water in phytoplankton and
trophic transfer of organically bound tritium to the blue mussel,
Mytilus edulis.” J Environ Radioact. 2013 Jan;115:28-33. PMID 22863967
- ^ 放射性廃棄物の海洋投棄については昭和40年代から調査検討されている。参考資料2
参考文献
- 全般
- 中部電力, トリチウム
- 磯村 昌平 (1981), “重水素およびトリチウム分離技術の現状”, 日本原子力学会誌 Vol. 23 (1981) No. 7 P 483–488
- 井上 義和 (1989), “環境トリチウム研究の最近の動向”, 日本原子力学会誌 Vol. 31 (1989) No. 7 P 791–795
- 宮本 霧子 (2008), “環境水の中のトリチウム”, 海生研ニュース
- 日本原子力学会, ed. (2014), トリチウム研究会 資料
- 宇田 達彦、田中 将裕 (2009), “環境トリチウムの現状と分布”, J. Plasma Fusion Res. Vol.85, No.7
- 核融合・水素爆弾について
- 工藤 博司 (1985), “核融合炉燃料トリチウムの製造と化学”, RADIOISOTOPES Vol. 34 No. 8: 432–441
- 武谷三男 『原水爆実験』 岩波書店〈岩波新書〉、1957年。
- 武谷三男 『戦争と科学』3〈武谷三男著作集〉、1968年11月。
- 生物影響について
- その他
関連項目
|
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外部リンク