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2018年6月30日土曜日

メガトン級、1000Kgならトクサイ扱!

ダイナマイト680kgの圧倒的火力で2つの巨大冷却塔を爆破解体する映像


680kg(約1500ポンド)のダイナマイトを爆発させて発電所で使用されていた2つの巨大な冷却塔を爆破解体している映像です。33階建てのビルに相当する巨大な建築物が瞬く間に崩れ去っていく姿は迫力満点です。
米・フロリダ州ジャクソンビルのランドマークタワーとして知られる発電所の冷却塔の爆破解体が撮影されています。解体費用は6800万ドル(約75億円)ですが使用し続けているよりも安いとのことです。
1,500lbs of dynamite EXPLODE Jacksonville cooling towers in 12 sec – YouTube

JEA Jacksonville Cooling Tower Implosion – YouTube

Implosion of JEA cooling towers – YouTube

ちなみにこちらはヨーロッパに存在するいくつかの冷却塔内部を撮影したもの。使用中のモノから廃墟化したモノまで色々な冷却塔が独特の存在感で存在しています。
幻想的な雰囲気が漂う巨大冷却塔の内部を撮影した写真シリーズ

2017年3月15日水曜日

汚染発覚90日ルール

汚染問題が発覚する期間、調査期間は90日、3ヶ月であると言える。
これは、福島原発事故の例であるが、問題が発覚するまでの期間、「内部調整の為の準備期間が必要である」と言える。
三ヶ月の期間が長いか短いかは、意見の分かれる所であるが、年度末での事故であった原子力事故、入社、転勤、異動、春休みと重なった事故であるから当然なのかもしれません。
学期末、年度末、大雑把であるが、三ヶ月で「内部調整を行った!」異例の速さで、迅速に対応したのではないか?と評価できる。
農林水産省、経済産業省、環境破壊省、内閣安全で省と、異例の速さ、損失を極限にまで引き下げた民主党、自己の財産を守、迅速な対応にはヌカりがない。
僅か、3ヶ月の期間で、「私財の保護を迅速に調整」あくまでも、私財であるが...汚職発覚、横領発覚、不祥事発覚の内部調整は、尋常ではない、異例の早さで処理される。
汚染処理は異例の遅さで、処理されるのは当然の決まり、ルールなのかもしれません。

2016年11月26日土曜日

福島原発の現状がヤバすぎる!放射能漏れがコントロール不能の原発事故!東京オリンピック中止しよう!

福島原発の状況は、東電が発表するのを国民が信用しておらず、放射能漏れが更に進んでいるのではないかと見られています。特に4号機などは、深刻なメルトダウンが起こった可能性が高いですが、コントロール不可能な状況で、2020年東京オリンピックを中止すべきとの意見も出ています。
 
更新日: 2016年11月25日
misukiruさん
 
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◆東京オリンピックを強行する陰で苦しむ福島
東日本大震災から5年を経ても、今でも仮設住宅で暮らしている人が数多くいます。オリンピックの選手村を作る前に、仮設住宅の問題を何とかすべきでしょう。
私は東電社員のうちに言っておきたい。 原発は人の手に負えない。 原爆と同じロジックで核分裂させてエネルギーを得る。 爆弾ではないが、原発の前に人は無力だ。 あれだけのことがあったのだから 脱原発を唱える社員がいても良いと思う。 pic.twitter.com/m1dJVdskMI
日本において、チェルノブイリ以下の避難基準が設定されて、高濃度汚染地帯が『居住可能』とされました。
福島第一原発の現状
大丈夫だと政府が説明している4号機の内側も実態はヤバいという事です。
4号機の格納容器には、メルトダウンした 燃料が、たまっており、それは、人の力で どうにかなるものでもなく、「 メルトアウト 」 も、時間の問題 ・・・ ということになります。
東側は崩壊している上に、何か黒焦げになっているように見える。
◆メルトダウンが確定している福島原発
炉心が解けるメルトダウンが起こって、非常に高濃度のオンせ水が地下水と混じっていると考えられます。
4号機で何が起こっていたのかという事は、今でも分かっていません。
高濃度汚染水がタンクに蓄えられていますが、これは形だけで、ほとんどの汚染水は、海に放出されています。
無人地帯が増える福島東部
原発で被災した市町村の人口が大幅に減少しており、4つの町がほとんど無人となり、飯館村、葛尾村、楢葉町も人口ゼロになると予想されています。

若い人ほど移住する傾向にあり、高齢者ばかり残る結果となっています。
当初の原発避難範囲は、原発から20キロ~30キロが中心でした。放射性物質に汚染されて、20キロ圏内は、ほぼ無人地帯となりました。
国・東電がお金を支払わない為に避難区域の縮小を決定しました。
◆汚染地帯で暮らす子供たち
子供たち150人以上が子供の甲状腺がんになるという異常事態になっています。
手術を終えた116人の中で、良性結節だったのはたった1人にすぎず、112人が乳頭癌、3人低分化癌との診断です。つまり『悪性ないし悪性の疑い』のうち99%は、小児甲状腺癌でした。
福島原発の汚染は、東京まで広がりを見せています。
無人地帯となった福島原発の周辺
既に森のようになり始めています。
放射性物質が福島の田んぼに放置されています。
除染という名目で表面の土を取り除いて、それをビニール袋に入れて放置しています。

2016年9月13日火曜日

台風の被害、地方直撃!

震災による影響、台風の影響による汚染被害の拡大は東北地方に多大被害をもたし続け、復興の前に立ちはだかる…、報道されない原発の事故後状況、意図的な情報操作が、より事態の深刻さを裏付けている。
公表すれば、被害の拡大に拍車がかかるのは必至、完全破壊につながる。
東京五輪が、ぶっ飛ぶ可能性は非常に大きいと言える。
東日本震災は、崩壊の序曲に過ぎない、地殻変動、噴火に台風、洪水の被害と全国各地で被害は拡大する一方、対応、対策がゴテゴテの日本各地、いつ崩壊してもおかしくはない福島、東北、北海道、九州地方、明治維新の活躍、歴史の舞台裏を支えた地方に、自然が猛威を奮い、警告しているのかもしれません…
狂い始めた日本、暴走する日本、政治、経済の暴走、崩壊は既に始まり、爆発を待つ…原子炉のような現状、崩壊を待つだけの日本国民、自然の前には、人類は無力です。

2014年3月15日土曜日

NHKから抜粋、原子力事故の裏舞台

地元での住宅再建から災害公営住宅へ 意向の変化が起きる背景は

いろいろあるかと思うんですが、一番大きいのは、被災された世帯が、いろいろ変化してきているということがあると思います。
東北の場合は、神戸や阪神の場合に比べまして、震災前は人数の多い世帯が多かったんですね。
ところが、被災されて世帯が小さくなって、仮設に入ったあと、またどんどんどんどん世帯が小さくなっている。
若い人は子育てや仕事の都合で、どんどん出ていかれるというような世帯の変化というのがあって、持ち家を諦めて、公営住宅に入ろうかなという人が増えているのではないかなと思いますし、また自治体の側がいろんな政策を出してきますので、自分たちの変化と政策が出てくる、その兼ね合いで、皆さんの意向がどんどん変わっていくんだと思います。
長期化する背景には、世帯を縮小化させ、無駄な国費を浪費する事を狙っているのでは、賃上げ、物価上昇を巧みに利用する戦略の一環なのではないか?今の日本には復興計画を実行する力がないのである。 原子力発電所の大爆発、長期にわたる賠償問題、解体作業に膨大な費用と時間、労力を消費する日本の現状が浮き彫りとなる春闘、被災地復興ままならぬが実状のようです。

2012年7月21日土曜日

被曝(ひばく)線量の偽装工作


東京電力福島第1原子力発電所の事故処理作業で、下請け企業が作業員の被曝(ひばく)線量を少なく見せかけるために線量計を鉛のカバーで覆っていた疑いがあることが21日分かった。厚生労働省は同日、関係先に立ち入り調査し、関係者から聞き取り調査を始めた。同省の担当者は「事実であれば厳正に対処したい」と話している。
 厚生労働省は労働安全衛生法に基づく省令で、事業主に対し、原発の復旧に当たる作業員の被曝線量の測定や、上限の順守を求めている。
 東京電力によると、問題があったと疑われている作業は、福島第1原発で発生した高濃度汚染水の処理装置の一つである「淡水化装置」のホースの凍結防止対策工事。東電が電力設備工事会社の「東京エネシス」に発注し、福島県浪江町の土木工事会社「ビルドアップ」が一部を下請けした。工期は昨年11月17日から今年3月15日で、14人が作業にあたった。
 福島第1原発の作業員は、被曝線量を管理するために、東電が用意した線量計を装着する。19日に東京エネシスから東電に「線量計を覆う鉛カバーを作製したのは事実だが、使ったとの事実は把握していない」との報告があったという。
 厚生労働省は福島第1原発の作業員の線量の上限について、事故直後は緊急作業のため250ミリシーベルトに引き上げていたが、昨年12月16日に通常時の「1年で50ミリシーベルト」「5年で100ミリシーベルト」に戻している。
 厚生労働省は労働安全衛生法に基づく省令で、事業主、事業従事者である東電職員の出向、派遣を自ら行わないんであろうか?、内閣府原子力安全委院での放射能汚染食品の人体試験をなぜ行われないんであろう?、死する大地の作物は安全であると内閣自ら食べて被曝、国民総被曝政策のトチ狂った政権、偽装工作、揉み消しと何でもアリ、不信感を抱かない人は、もはや存在しないであろう。 国益の為の政策は行われず、私的レベルでの攻防でしかない政策に、民主崩壊の危機、軍事独裁政権の復活か?原発事故で死の大地と化した、福島県、日本地図から消滅したのは、まだ記憶に新しい・・・、スケールを変えて、日本の行く末なのかもしれない。



2012年7月3日火曜日

一度の事故では目が覚めぬ…

原爆が投下されても、諦めぬ二本帝国、第二次世界大戦の大敗はもう昔話でしかない。
これは、今の原発事故にもあてはまるが、一度や二度の重大事故は覚悟しろと強要する傲慢さが如実に表れている。 経済政策、効率化に犠牲は付き物であり、安全であろうが、なかろうが「食べて被曝!」を国民に強要する政府は、もはや正気を失っているのである。 国勢の舵取りが、狂った内閣、暴走する内閣は自滅テロリストのようなもの、安全も保障もない、危険極まりない現状を把握してほしいものである。
国際問題を抱える日本、日本原産の放射能生成物質を環境に垂れ流す行為、政府が行う破滅行為を考える時が来たのである。 自由、民主党の崩壊は、日本の憲法の崩壊であり、政治、経済、文化の崩壊でもあり、国が滅ぶ行為を政権が主導し、自滅の政策を敢行する暴挙であると言いたいのである。
 利権を巡る争いは、国民の犠牲を伴い、血で血を洗う争いに一体、何の意味があるのか!放射性廃棄物で、国土を汚染させる意味は何か?、食べて被曝は何であろうか、安全とは何か、一人一人、真剣に考えないと政府の倒壊処か、世界地図から消滅してしまう、日本列島、日本地図から一夜にして消滅した、福島県のようなものである。
実際問題、原子力発電事故で日本政府は倒壊し、生々しい残骸だけが残り、世界史に残る大惨事、三度目の原爆は、国内原子力発電所の事故による、自爆である。
復興ままならない、被曝地周辺、安全ではなく、何の保障もなくただ、危険なだけ、環境の破壊を促すだけ、危険な状態を招くだけの施設、未だに具体的な対策を講じる事も出来ずに、経済性のみ主張し、利害のみに再稼働される原発は決して安全ではない。
住民全てを移住させ、国土化し、核シェルターで覆い、厳重な管理下で運用される、施設その物を覆い隠し、いかなる環境にも害を及ぼさない状況下、発電所が爆発しても一切、周辺に一切、害を及ぼさない状況下でもない限り、安全は保証されない。
たとえ、原子力発電所に隕石が激突しようとも、北朝鮮のミサイルが発電施設に直撃しようとも、放射能が漏れる危険性がないと断言できる施設でない限り、再稼働は認めてはならないし、安全を保証などありえない。 関電本社の地下で、発電施設が原子力事故を起こしても、一切、放射能が漏れることがない実証が得られるのなら、それは安全を保証されていると言って過言ではない。

2012年6月23日土曜日

原発事故当時の狼狽振り!、福井県の対応は


原発の事業者が防災業務計画の協議や事故事象の通報を行うべき関係県を、原発から半径30キロ圏に拡大する改正原子力災害対策特別措置法案を含む一括法案(原子力規制委員会設置法案)が20日、参院本会議で可決、成立した。同委員会が設置される9月末までに施行される予定。今後、岐阜など5県が政令で関係県に加わり、原発への立ち入り検査や、防災対策の報告を求めることのできる立地県並みの権限を獲得する。
岐阜県の場合、30キロ圏にある福井県の敦賀原発(敦賀市)と美浜原発(美浜町)の各事業者に、通報などを義務付ける。岐阜県の若宮克行危機管理統括監は、「昨年来要望してきた通り関係周辺都道府県として、法的に位置付けられることになる。原子力防災体制の充実強化に努めていきたい」と取材に語った。改正前は通報などの対象は原発の立地県や原発の立地市町村に隣接する県に限られていたため立地市町村と隣り合っていない岐阜県は制度の対象外だった。
改正原災法では原子力防災指針を法定化する。同指針は原子力規制委が設置後速やかに定めることとされ、原発から半径約30キロをUPZ(緊急防護措置区域)とする方向。圏内の岐阜県や揖斐郡揖斐川町は、従来の8~10キロ圏の自治体と同様、事故時の被災者の生活支援や除染などの対処策を盛り込んだ地域防災計画の原子力災害対策編の策定が義務付けられる。策定の期限は法施行から半年以内。
 法的措置、義務付けなどと言った事前協議など所詮は一時凌ぎ、再稼動の為、政府の横暴である。
福島に続き、福井が原子力事故の被災地となり、政府に見捨てられる国土、福井県の安全は守られない事は、事故を起こした福島原子力発電所の事故を考えると、明らかに不可能である。
自然災害を理由に、責任転換し時間と労力を無駄に費やすだけの対応、三流ドラマの茶番劇と呆れる思いを抱いたのは、まだ記憶に新しい。 ゴリ押しの再稼動、早急すぎる再稼動、不安の種は尽きない中、再稼動を急がす政府の強行は、明らかに横暴であると言えよう。 電力不足を理由とし、原子力発電所を再稼動させ、放射性廃棄物処理問題を棚上げにしたまま、再稼動!、安全ではない物をいかにも、安全であると思わせ、利権にのみ固執している。 決して、住民の事は考えていないし、被災者の事など決して考えない、事故を起こしても想定外で片付けられてしまうのは明らかである。 今もなお、環境中に放出された核反応で生成された日本原産の放射性物質、回収されることもなく放置されてる現状である。
福島原発に続き、福井原発、福岡原発と危険な核要塞、放射性廃棄物の工場が国内に50基もあり、捏造された事故報道は、いかにも安全であるかのように報道される。
 国内で、核爆発を起こし自爆、核実験を日本国内で初めて行った3月12日、4基の原子炉は爆発したのである。 大気中に、海洋に放出された放射能は国際レベルの最高評価である。
汚染大国日本、国政までもが汚染されている。 国内臨床実験が国民レベルで実施されている事実に、一日早く、気づいてほしいものである。

2012年6月14日木曜日

チェルノブイリ事故から20年 (02-07-04-20)


<大項目> 原子力発電
<中項目> 原子力発電所の事故・故障
<小項目> 海外の原子力発電所の事故・故障・トラブル
<タイトル>
チェルノブイリ事故から20年 (02-07-04-20)

<概要>
 1986年4月26日、チェルノブイリ第4原子力発電所災害が起こって、20年が経過したこの時期、この記憶を新たにするため、多くの催しが行われた。これに先立ってIAEAでは、2005年9月6、7日、ウィーンでチェルノブイリフォーラムが開催された。2006年4月25日には事務局長、ElBaradei氏が、IAEAの20年間 のチェルノブイリ事故への対応を総括する声明を発表している。また、2005年8月のスタッフレポートは、IAEAの対応のサマリーである。ここでは、これらについて述べる。
<更新年月> 
2006年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
I. IAEA事務局長のチェルノブイリの惨事に関する声明
 チェルノブイリ原子力発電所の1986年4月の事故は、事故によって最も影響された何十万もの人々の生活に痛い記憶を残している。亡くなった非常事態救助要員に加えて、何千もの子供が甲状腺ガンにかかった、その他に何千もの人々が放射線放出に起因するガンで死ぬであろう。穀倉地帯、森林、河川と都市センターの広大な領域は、放射性フォールアウトによって汚染された。何十万もの人々は、-彼らの家、財産と生計を残すことを強制されて-、これらの影響を受けた地域から疎開して、どこかで、-長期にわたる心理的、社会的な影響を伴うトラウマ的結末の中に-、定住している。
今月、チェルノブイリ悲劇の追憶が、多くのフォーラムで-ミンスク、キエフ、そして他の場所で-、行われている。
 IAEAでは、多くの方法で、20年間、事故とその結果に対応したと言って良いであろう:第一に、事故の環境と健康への影響を緩和するようないろいろなプログラムを通して;第二に、事故を起こさせたのは、何かという教訓を分析することによって;第三に、このようなどんな事故でも将来起こるのを妨げるよう努力することによって。
 強力で効果的な地球規模の原子力安全制度を造ることは、我々の仕事の中心目的である。これには、効果的な国際協力を必要とする。発電所4号機原子炉の炉心を破壊し、放射性種の雲としてその内容を放出した爆発は、原子力及び放射能と関連した安全性の危険は、国境を越えて広がることを、痛いほど明らかにした。情報を共有し、明白な安全基準をセットし、安全アップグレードで援助し、運転中のパフォーマンスをチェックするという、原子力安全問題に関する国際協力は、それ故、特に原子力の拡大が世界の多くの部分でのエネルギー需要の増大に対応することを示そうという時、IAEA活動の特徴となっている。
 2001年に、事故の結果に関する矛盾する見解に気づいた後、私はチェルノブイリフォーラムの創出を要求した。世界の先端的な科学の専門家を誘い、健康、環境的及び社会的な影響の徹底的な評価を実施するよう要請した。全てのIAEAプログラムと同様に、我々は公平な事実ベースのアプローチでこの難しく非常に緊迫したトピックを分析するよう強調した。慎重な長い期間の分析の後、分析のパーティーが、世界保健機構と七つの他の専門国連機関及び、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ政府を包含し、昨年9月に発行された権威ある一連のレポートで、コンセンサスを達成することができたことに、私は満足している。しかし、チェルノブイリフォーラムは、もう一つの目的を持っていた。
 私の希望は、事故とその影響について明白な、公平な答えを与えることによって、我々はより効果的に現在と将来のニーズに集中することができるであろうということであった。
 事故に影響された人々と地域へのより良い国際協力。
 安全な食糧生産と効果的な健康管理へのより洗練されたアプローチ。
 彼らが彼ら自身の暮らしを支配できるよう、関心ある人々への投資の強化。
 要するに、過去についての疑問に答えることによって、関係する地域のためにより明るい将来の展望を回復したいという私の希望であった。
 私の希望はまだそのままである。
 我々は、すぐにはチェルノブイリ事故を忘れない。我々は、彼らの生命を捧げた非常事態作業員を忘れない。我々は、健康と環境の結果を忘れない。そして、我々は我々が核の安全と国際的な協力に関して学んだ教訓を決して忘れてはならない。チェルノブイリ事故を思い出す際に、我々はこのような悲劇が再び起こらないことを保証したいという決意を新たにしなければならない。
 しかし、我々はまた、生存者-彼らの人生と彼らの子供の命とともに前進することを求める個人とコミュニティ-を忘れてはならない。追想のこの時、彼らも、彼らがチェルノブイリ事故の影を越えて繁栄する未来の中に移ることができるよう、我々の配慮と援助を受ける価値がある。
II. IAEAのチェルノブイリ対応のタイムライン
 何年にも及ぶIAEAの不断の努力の軌跡に関する、2005年8月のスタッフレポートである。
 悲劇的チェルノブイリ事故以来何年にも亘って、IAEAを通しての国際的援助が色々の局面で定常的に進展した。技術的かつ調査的プロジェクトはチェルノブイリのフォールアウトによって最も重く影響を受けた国で、人々が直面する社会、環境、安全の問題を目標とした。そして、科学的な研究は事故の放射線学的影響に明白な展望を与えた。最新の活動は、ウクライナ当局が閉鎖されたチェルノブイリ発電所を安全にサービス停止し高レベル放射性廃棄物を管理するのを支援しようとしている。
 1986年以来チェルノブイリ支援のIAEAスケジュールは、何十もの専門家の使節、批評、評価及び野外プロジェクトに広がっている。その対応のハイライトは、以下のとおり:
・1986年5月から8月:事故の文書化
 事故の直後、1986年5月初め、IAEA事務局長はチェルノブイリ発電所を訪問し、同年8月にIAEAで国際的ミーティングを開催し、権威のある事故の評価をするという基礎を固めた。その直後、原子力安全顧問グループ(Nuclear Safety Advisory Group)は、事故の原因と直接の結果に関するサマリーレポートを発表した。
・1986年5月以降:安全の枠組の強化
 事故の数ヶ月以内に、メンバー国はIAEA支援の下に以下の2つの国際条約を設置した:原子力事故の早期通知に関する条約、及び原子力事故または放射線的緊急事態時の援助に関する条約。
・1989年10月~1991年6月:放射線学的結果の評価と査定
 1989年10月に、IAEAはベラルーシ、ロシア、ウクライナで最も重く汚染された地域の選ばれた町で、事故の放射線学的、環境的及び健康的結果の国際的な研究を手配した。1990年3月と1991年6月の間に、合計50の野外ミッションが、25カ国、7組織、11研究所から200人の専門家によって実施された。
・1996年4月:科学的記録のレビュー
 1996年4月、世界保健機構及び欧州委員会とともに共同スポンサーとして、事故後10年目のチェルノブイリ放射線学的結果についての科学的な知識を要約した国際会議を開催した。71の国と20の組織からの800人以上の専門家が出席した。
・1991年~1998年:チェルノブイリ-タイプ原子炉の安全性評価
 1991年に、IAEAはWWER及びRBMK(チェルノブイリ-タイプ)原子炉の安全性を評価し、安全の改良をレビューしようという、東ヨーロッパと旧ソ連諸国を援助する計画を開始した。これらの原子炉に対する主要な安全問題とそれらの安全上の重要性に関して、国際的なコンセンサスが、確立された。 IAEAはいろいろな方法で国家の当局に原子力の安全の支援を提供し続けている。
・1990年以降:社会と環境問題を目標に
 事故の社会的、環境的、かつ経済的結果に対応して、450万ドル以上と評価されるプロジェクトが開始され、特別な注意が、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにあるリハビリテーションプロジェクト、放射線モニタリングセンターの設立、汚染された農地の再生と食品の管理等に、捧げられた。
・2001~2005年の間:デコミッショニングと廃棄物管理
 チェルノブイリ発電所は、2000年12月に閉鎖されて、デコミッショニングという新しいフェーズに入った。IAEAの援助は3基のRBMKタイプに及ぶ。プロジェクトはウクライナ政府によって設立される新しい企業によって遂行され、建物、土と水の汚染除去に関連した活動、及び発電所からの使用済み核燃料除去をカバーするものと予想され、プロジェクトは約十年かかると期待されている。破壊されたチェルノブイリ第4発電所を封入しようとする計画(図1)を支援する新しいプロジェクトが起こされた。また、ウクライナの残る運転中の原子力発電所の安全の向上を支援する安全サービスの準備のためのプロジェクトもある。
・2003~2005年:チェルノブイリフォーラム
 2003年2月、国連の7機関(FAO、UNDP、UNEP、UN-OCHA、UNSCEAR、WHOとThe World Bank)及びベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナの所管官庁と協力して、IAEAはチェルノブイリフォーラムを設立した。フォーラムの任務は-管理者、専門家、公衆の一連のミーティングを通して- 事故から生じた放射線被ばくに帰せられる環境の結果と健康影響に関する「権威ある合意の声明」を作り出すことであった。
 フォーラムは2002年に開始されたチェルノブイリのための国連十年の戦略への寄与として、チェルノブイリ原子力事故の人的結果-回復の戦略を出版した。
 2003年以来、2つの専門家グループ-はIAEAが調整する「環境」とWHOによって調整される「健康」の2つのレポートを提出した。全てのケースにおいて、科学者達は、それぞれの文書の準備段階で、コンセンサスに至ることができた。2005年4月に、2つの専門家グループによって準備されたレポートは、フォーラムで集中的に議論され、結局コンセンサスによって承認された。フォーラムの調査結果と勧告に広い公共性を与え、政府、国際科学コミュニティ、一般公衆に知らせるため、チェルノブイリフォーラムは、IAEAを通して、「チェルノブイリ:振り返って前に進もう」というタイトルの国際会議を組織した。
III. チェルノブイリフォーラムの主な結論
 1.1986年のチェルノブイリ事故は、世界原子力産業の歴史の中で最も厳しい原子力事故であった。膨大な放射性核種の放出の故に、第1級の放射線学的事故にもなった。しかし、何年もの後、放射線レベルの減少と人への影響の集積に伴って、影響を受けたベラルーシ、ロシア、ウクライナの地域の厳しい社会的及び経済的不況、一般大衆と緊急時要員のこれらと関連する心理的な問題が、最も重要な問題になった。
 2.70万人以上の緊急事態及び回復作戦要員、及びベラルーシ、ロシアとウクライナの汚染地域の500万人の居住者は、自然バックグラウンド放射線レベルに相当する比較的少量の放射線量を受けた;この水準の被ばくでは、放射線で誘発される目立った健康傷害には至らない。例外は、高い放射線量を受けた数百人の緊急事態及び回復作戦要員の一団である;約50人が放射線病とその結果のために死んだ。全体として、チェルノブイリ事故に起因する高い放射線量によって影響を受けた60万人中およそ4000人の人々の若死が、予期されていた。
 放射線によって影響を受けるもう一つの群は、1986年に放射性ヨウ素で汚染されたミルクを消費し、甲状腺に相当な放射線量を受けた子供と青年である。全体で、およそ4000の甲状腺ガンのケースが1992年~2003年の間に、この群に検知された;それらの99%以上は、成功裡に処置された。
 3. 環境中の放射線レベルは、自然のプロセスと対策によって、1986年以来数百分の1に減少している。したがって、放射性核種で汚染された大多数の土地は、生命と経済活動にとって、現在は安全である。しかし、チェルノブイリ禁止ゾーン及び、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの限られた若干の地域では今後10年間、土地-使用に対する若干の制約を保持しなければならない。
 4. チェルノブイリ事故の結果に対処するために政府によって実装される対抗策は、大体は時機を得て適切だった。しかし、最近の調査は、これらの努力の方向が変えられなければならないことを示している。ベラルーシ、ロシア、ウクライナの影響を受けた地域の社会的、経済的回復、並びに一般大衆と緊急事態要員の心理的な重荷の除去は優先しなければならない。ウクライナのためのもう一つのプライオリティーは、破壊された第4発電所のデコミッショニング及び、チェルノブイリ禁止ゾーンの放射性廃棄物の安全管理である。
 5. チェルノブイリ事故に関する、若干長期的な環境的、健康的及び社会的傷害の調査は、来るべき10年間続けられなければならない。事故の結果を緩和する際発揮される無言の知識の保存が重要である。
 6. 環境の放射線問題、人間の健康傷害と社会-経済への影響をカバーしている故に、このレポートはチェルノブイリ事故で最も完全なものである。ベラルーシ、ロシア、ウクライナからの専門家を含んで、多くの国からのチェルノブイリに関連した調査分野の約100人の著名な専門家が、この報告書に貢献した。このレポートは、国連の8組織の、そして、3つの影響を受けた国の共通の見解である。
<図/表>
図1 チェルノブイリ第4発電所の現状と将来

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
チェルノブイリ事故による放射線影響と健康障害 (09-03-01-12)

<参考文献>
(1)Twenty Years After the Chernobyl Accident by IAEA Director General Dr. Mohamed ElBaradei,http://www.iaea.org/NewsCenter/Statements/2006/ebsp2006n005.html
(2)IAEA-Chernobyl Timeline: Years of Steady Progress,Staff Report August 2005,http://www.iaea.org/NewsCenter/Features/Chernobyl-15/timeline.shtml
Concluding Statement
(3)Burton G. Bennett,Chairman,International Conference,”Chernobyl: Looking Back to Go Forwards” Vienna 6-7 September 2005
(4)Chernobyl Diary Blog,22 April 2006,http://www.iaea.org/blog/Press/
(5)Lynn R. Anspaugh, Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and their Remediation: Twenty Years of Experience,Chernobyl conference,Vienna,6-7 September,2006
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地震と津波による電源喪失と原子炉の破損の進行


地震と津波による電源喪失と原子炉の破損の進行 [編集]

この地震により、原発に電力を供給していた6系統の送電線のうちの鉄塔1基[注 1]
が地震による土砂崩れで倒壊し[35]、5号機・6号機が外部電源を喪失した。1〜4号機もまた、送電線の断線やショート、関連設備故障などにより、同じく外部電源を喪失している[3]
東京電力は公式見解で事故原因は未曽有の大津波だとしているが、4月27日の衆議院経済産業委員会で吉井英勝議員(日本共産党)の質問に答えて、原子力安全・保安院長は、倒壊した受電鉄塔は津波が及ばなかった場所にあったことを認めた[36][37]
事実の隠匿、地震発生から空白の40分、余震もなく突然と言う訳でもない、安全性や対策に問題があり、過失事故である。
外部電源が失われたため、一旦は非常用電源(ディーゼル発電機)が起動し切り替わった。しかし大きな津波が、地震発生41分後の15時27分の第一波[38]以後、数回にわたり本原発を襲った。津波は低い防波堤を越え、施設を大きく破壊し、地下室や立坑にも浸水した。地下にあった1 - 6号機の非常用電源は水没し[39]、二次冷却系海水ポンプや、燃料のオイルタンクも流失した。このため各プラントは全交流電源喪失に陥り、非常用炉心冷却装置 (ECCS) や冷却水循環系のポンプを動かせなくなった。しかも海水系冷却装置系統(RHR)は津波で破損した[40]。核燃料は原子炉停止後も長い年月、崩壊熱を発し続けるので、長時間冷却が滞ると過熱を起こし事故に繋がる。
1号機では、11日14時46分の地震発生後、14時52分非常用復水器が起動[41]したが急激な圧力低下を緩和するため(圧力容器の破損を避けるため)、作業員が回路を開閉中、15時半に津波に襲われ、15時50分非常用電池が水没して遮断状態のまま非常用復水器が使用不能になり、同時に計器、動弁電源も失われた。東京電力は、17時に電源車を出動させたが渋滞で動けず、18時20分に東北電力に電源車の出動を要請したが到着は23時で津波の被害・電圧不一致もあって翌日15時まで接続できなかった。一方11日19時30分に1号機の燃料は蒸発による水位低下で全露出して炉心溶融が始まり、所内での直流小電源融通で動かしていた非常用復水器も翌12日1時48分に機能停止、翌12日明方6時頃には全燃料がメルトダウンに至ったとみられる。1号機は上記の経緯で、地震発生後5時間で燃料が露出したとみられ、15時間ほどでメルトダウンしたと思われる。
2号機・3号機では蒸気タービン駆動の隔離時注水系 (RCIC) が、2号機は約3日、3号機は約2日の間、炉心に水を注入し続けた(2号機・3号機は、全交流電源喪失を考慮し、隔離時注水系 (RCIC) ・高圧注水系 (HPCF) と、2系統の蒸気タービン駆動注水装置がある。2号機の高圧注水系はバッテリー水没で起動しなかったが、3号機ではバッテリーが生きていたHPCFが、RCIC停止を感知して入れ替わり起動し、その後15時間ほど稼働し続けた)。しかし停電時間は、電力会社が設計上想定してきた最大8時間に収まらず、非常用バッテリーを使い切った。渋滞による電源車の遅れ、原子炉の電圧と合う電源車が62台のうち1台しかなかったこと、電源車の出力不足、唯一の受電施設が水没したこと、震災翌日に開通した仮設電源ケーブルが開通6分後に1号機の水素爆発で吹き飛ばされたこと、自衛隊や米軍による電源車のヘリコプター空輸が重量超過のためできなかったことなどの複合要因により、全電源の喪失が長期化した[42][43][44]
政府の事故調査・検証委員会による1号機水素爆発に関する事情聴取から、現場側がベント操作が手間取ったことについて、現場には長時間の全電源喪失を想定した対応マニュアルがなく、よって手動によるベント手順も整備されておらず、設計図などから新規に手順作成しなければいけなかったこと、全電源喪失のためベント弁操作用バッテリーが必要とされた際、機材形式の連絡に不備があり、本社が調達し発送した多機種が一斉に搬入され必要機種の選別に手間取ったり、必要な機材が福島第二原発やJビレッジに誤配されて取りに行く手間が増えたなど、本社の援護が乏しく、突然の非常事態に現場側の混乱も多かったためとされている。ドライベント成否は、圧力容器内の圧力低下や線量増加など各数値からの推測であって、事実を確認できてはいない(これは、容易に分解や立入で状態確認できない原子炉プラントにおいて常に共通の概念である)。水素爆発について、圧力容器が損傷したことで建屋内に水素が充満していた、誤って原子炉建屋作業スペースへ排気してしまった、等と諸説あるが、多忙な現場では誰も水素爆発まで予見できなかったとされる。仮に津波がきて全電源を喪失し冷却ポンプが作動しなくなっても、非常用復水器 (IC、ISO (Isolation) CONDENSER、イソコン) など各炉冷却系が起動し冷却するはず、という程度の甘い認識だった(ICは1号機のみ)。非常用復水器にはその構造上、電源喪失時に一旦自動で弁が閉じ作動を停止する安全装置が付いているのだが、現場作業員は誰もその構造を理解しておらず、その結果非常用復水器の起動が3時間以上遅れた。その後偶然バッテリーが一時的に回復し、非常用復水器停止のランプが点いていることに気づいた現場作業員が手動で起動させたが、作動中に発生するはずの蒸気を目視で確認できなかったため、「空焚き」により非常用復水器が破損し放射性物質が外に放出される可能性があるとして、数回にわたり手動停止させていた。実際には非常用復水器は空焚きによって破損することはないのだが、現場作業員は誰もその事実を知らなかった。仮に非常用復水器を手動停止しなかった場合、冷却効果によりメルトダウンの発生は7時間は遅れていたとされ、その時間を使い有効な対策を進めれば原子炉が壊れない可能性が高かったと指摘されている。その非常用復水器手動停止の報告は中央制御室から対策本部へ伝えられたが、発電所幹部は誰もその重大な事態を認識できていなかった。このような経緯の中、3月12日午後3時36分に1号機は水素爆発した[45][46]明らかに東電の管理能力の低さが招いた、当然の結果であり、災害によるものではなく、人災である。
立地調査段階で既に、安全性を怠っている重大な過失!
福島第一原発1 - 4号機は、標高35 mの丘陵を岩盤に近づけ標高10 mまで削って整地し[47]、非常用電源も地下や1階に設置していた。標高は5号機・6号機は13 m、福島第二原発は12 mだった。この落差がそのまま、津波被害の大小へ直結した。現地では、やや高い5号機付近の敷地から、施設周辺が次第に津波に覆われる様子を撮影している[48]
2002年に、東京電力は、福島第一原発で想定する津波の高さを、土木学会が2002年に開発した、歴史的地震の文献や断層モデルを組み合わせる評価法によって計算していた[49]。この結果、平均海面(O.P.=小名浜港工事基準面……詳細は福島第一原子力発電所#海象状況の調査も参照)からの高さが5.7 mを超える津波はないとした。
しかし、東京電力の発表によると、今回の地震で実際に襲来した津波は遡上高14 m - 15 mといった規模であり、標高10 mの1 - 4号機の敷地では津波の痕跡が4 m - 5 mの高さの所にまで残っていた(標高13 mの5号機・6号機の敷地では0 m - 1 m)[6]。また6月28日の定時株主総会では株主の事故への対応に関する質問に対して「津波については5.7mを想定していたが、福島は全域で14 m - 15 mに達した。事故原因を調査していく」と回答している[50]。また7月8日東京電力はコンピュータ解析により、沖合30 kmの地点で6つの断層破壊による津波は次々重なり地震発生約51分後津波の高さが13.1 mに達し原発を襲ったと発表とした[51]
安全対策を怠った、杜撰な調査に基づいた当然の結果である、今の日本には手に負えない技術、原子力から即時撤退すべきである。