2012年3月31日土曜日

原子力防災対策等の充実強化について

避難等の必要のない事故を「大量の放射性物質が放出されるような事故」と呼んで「原子力防災対策」を行なってきたことの空しさ(1)

「万が一の場合も避難等の対応は不要だが具体的な避難計画等は必要」という理屈
原子力施設のある各道府県は、JCO臨界事故発生以前も、災害対策基本法等に基づいて、県民の生命、身体及び財産を保護するために、原子力防災計画(地域防災計画原子力災害対策編)を策定して必要な体制等を確立することとされていました。
原子力施設で放射性物質の大量放出を伴う事故が発生し、周辺住民がヒバクする恐れがある様な緊急事態が発生した場合に備えて、です。
その時に、周辺住民に対する放射性物質の影響をできる限り低減するために、屋内退避・避難、緊急時医療等の措置を講ずるために、です。
「このため、これら避難等の各措置をあらかじめ具体化するための基礎となる事故(原子力防災対策の基礎なる事故)として、大量の放射性物質が放出されるような事故を選定する必要がある」。
こう、茨城県原子力防災対策検討委員会は「原子力防災対策等の充実強化について」(1998年8月)で述べています。
しかし、問題は、それまで国がそして各道府県が、どのような規模の事故を「大量の放射性物質が放出されるような事故」と考えてきたかであり、同検討委員会が実際に「原子力防災対策の基礎となる事故」としてどのような規模の事故を「選出」したか、です。
茨城県内に多数ある様々な原子力施設の代表として東海第二原発、高速実験炉「常陽」、東海再処理工場の3施設を選出した同検討委員会が、「原子力防災対策の基礎となる事故」として「選定」したのは、国がそれらの施設の設置を許可するに当たって安全審査で想定した原子炉施設の「仮想事故」や再処理施設の「立地評価事故」等(以下「仮想事故等」と略)でした。
国によれば、「重大事故」というのは、「技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故で、技術的には最大と考えられる放射性物質の放出量を想定」した原子炉施設の事故。
「仮想事故」というのは、「『重大事故』を超えるような、技術的な見地からは起こるとは考えられない事故で、重大事故として取り上げられた事故について、これを超える放射性物質の放出を工学的な観点から仮想した(原子炉施設の)事故」です。
この「仮想事故」について、茨城県の検討委員会は次のように要約しています。
「つまり、この『仮想事故等』は、現実に起こるとは考えられない大量の放射性物質が放出される場合として、国の安全審査において想定されている最大規模の事故である」(6ページ)
原発については、この「仮想事故」が「万が一発生した場合に備えて、原子力防災計画をあらかじめ具体化しておけば基本的には十分」というのが、同検討委員会(の事故想定ワーキンググループの3委員=青地哲男氏、小川輝繁氏、近藤駿介氏)の考えでした。
これらの学識経験者たちによると、「これよりも規模の大きな事故は、防災対策の基礎とするにはあまりにも発生確率が低すぎる(1000万年に1回以下。国際原子力機関IAEAが新炉に対して示している目標は10万年に1回)」のです(6ページ)。
次の(表1)が、防災対策の基礎となる代表3施設の「仮想事故等」の概要とその場合の風下方向の距離に応じた住民のヒバク線量、そして、冒頭で取りあげた屋内退避・避難の指標に基づく住民防護のための対応策です。
04 2011-05-12 21-34-52.bmp.jpg
一番上の東海第二原発の欄(クリックすると大きい画面が現れます)を見ると、次のような「検討結果」が載っています(分かりやすくするため説明を追加しました)。
東海第二原発で「仮想事故」が起きたと「仮想」した場合の放射性物質の放出(放出源は排気塔)は放射性希ガスと放射性ヨウ素のみ放出量は前者が2.8×10の18乗ベクレル、後者が2.5×10の14乗ベクレル。
[先月-4月-12日、原子力安全委員会は今回の福島第一原発の事故で放出された放射性ヨウ素とセシウムについての「推定的試算」の結果を発表しました。
それによると、3月11日から4月5日までの大気中へのヨウ素131の放出量は1.5×10の17乗ベクレル(東海第二原発の「仮想事故」時のヨウ素の放出量より3桁も多い)
セシウム137は1.2×10の16乗ベクレル(「仮想事故」時の放出量はゼロ)。
放射性希ガスの放出量の試算の結果は、無いのか、あるものの信頼性に欠けるからなのか、発表はありませんでした。
なお、
「今回の福島第一原子力発電所の事故により放出された放射性物質の量を正確に推定することは現段階ではまだ困難」とのことです]
「仮想事故」時の上のような放出量の場合に「施設からの距離ごとに住民が受けるであろう最大規模の線量」は、敷地境界(施設から550m)での外部全身のヒバク線量が1.5ミリシーベルト(総量でこれだけ!)、小児甲状腺の内部ヒバク線量が42ミリシーベルト。
施設から8キロメートル地点での全身線量が0.4ミリシーベルト、小児甲状腺量が6.5ミリシーベルト。
[これに対して、今回の福島第一原発構内の事故時の「モニタリングカーによる計測状況」を見ると、例えばの正門(施設から約1キロ)の空中ガンマ放射線の線量は、3月15日午前8時31分~午後1時40分15日午後11時00分~3月16日午前4時00分16日午前10時20分~午後3時50分(?)と、さかのぼる14日午後9時37分の4回、1時間当たり1ミリシーベルトを超えています
この間、15日午前9時00分には1時間当たり11.9ミリシーベルト同日午前10時15分には8.8ミリシーベルト16日午後0時40分には8.2ミリシーベルトを記録しています]
「仮想事故」時のヒバク積算線量は上記のように、「線量が最大になる敷地境界でも屋内退避の指標線量の下限値(全身線量10ミリシーベルト、小児甲状腺量100ミリシーベルト)に達しない」ので、「対応策」は「敷地境界外の全地域」で「必要ない」。
以下は、上記の「検討結果」についての茨城県原子力防災対策検討委員会の総括的な結論です。
茨城県にある各種すべての原子力施設を代表する東海第二原発、東海再処理工場、高速実験所「常陽」で「現実に起こるとは考えられない『仮想事故等』が発生した場合でも、通常、施設の敷地境界外で受けるおそれのあるヒバク線量は十分に小さく、住民に対して特段の対応を図る必要はない」
「原子力防災計画の具体化の際にも、仮想事故等が万が一発生した場合に備えておけば基本的には十分であり、その場合であっても、周辺住民に対して屋内退避、避難等の対応は不要である」
さて、では、「原子力防災対策の充実・強化について」と名付けられたこの報告書で、委員たちが「具体的な避難計画等が必要である」「具体的な避難計画等をあらかじめ策定し、住民に周知しておくことが重要である」などと述べ、「避難計画等の『基本型』の整備」等を求めているのは何故なのでしょうか。
「『仮想事故等』が万が一発生した場合」も「周辺住民に対して屋内退避、避難等の対応が不要」なら、「具体的な避難計画等の策定」も不要なのではないでしょうか。
その謎は、委員たちが上の総括的な結論に続けて述べている次の部分を読めば解けます(下線は筆者)。
「しかしながら、
周辺住民の間に、避難計画等が示されていないことによる不安もあることから、その不安を払拭するために、具体的な避難計画等が必要であること。
放射性物質の放出に関する十分な情報が入手できない場合等に、住民の不安、混乱を避けるために、念のために、住民に対してコンクリート屋内退避、避難等の措置も考えられること。
仮に避難等を実施する場合に、住民の間でパニックが生ずることなく、冷静に行動できるようにするためには、具体的な避難計画等をあらかじめ策定し、住民に周知しておくことが重要であること。
等を考慮し、新しい原子力原子力防災対策を策定するに当たって、念のために、以下の対応を図ることとする。
○あらゆる事態に対して様々な応用が可能なように、避難計画等の『基本型』を整備しておく。
○避難等の実施も念頭に入れて、県等の行う防災対策活動をなるべく具体化しておく」
つまり、現実に起こるとは考えられない「仮想事故等」が起きた場合でも住民に対して特段の対応を図る必要はないのであり、実際に起きる事故はそれよりずっと小さいのだから、本当は避難計画等はなくていいのだが、「避難計画等が示されていないことによる不安もあることから、その不安を払拭するために」、あるいは「放射性物質の放出に関する十分な情報が入手できない場合等に、住民の不安、混乱を避けるために」、そして「仮に避難等を実施する場合に、住民の間にパニックが生ずることなく、冷静に行動できるようにするために」、「具体的な避難計画等をあらかじめ策定し、住民に周知しておくこと」というのです。
要するに、避難計画等の基本型の整備やその住民への周知も、そして訓練の実施も、住民のいらぬ不安を払拭するためであり、それによる混乱を避けるためなのです。
このような避難計画等は、策定したとしてもすぐ風化するだけではないでしょうか。
訓練を実施したとしても、実施者も参加住民も身を入れようのない空しいものではないでしょうか。
それにしても、現在原子力委員会委員長の近藤駿介氏にかぎらず歴代の原子力ムラのエリートのほとんどが、「国の安全審査において想定されている最大規模の事故である『仮想事故等』」を「現実に起こるとは考えられない大量の放射性物質が放出される場合」と信じ込んできたのですから、「奇観」というほかありません。
  • 前の記事
  • 上へ戻る
  • 次の記事

0 件のコメント:

コメントを投稿